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義経伝説〜櫨谷神社の義経伝説について

腰掛石
(写真1)
左側の石が「腰掛石」で、右の背の高い石はいわれが書いてありましたが、今は読めなくなっています。

義経のヒヨドリの逆落とし(2月7日)の途上、西暦1184年1月15日(旧正月) この櫨谷神社に義経の100騎余りを駐屯させ、作戦を練るため休息をとった。福谷の伝承では、櫨谷神社境内に義経が休息をとったと言われる「腰掛石」がある。(写真1) ここで各兵に弓の試し撃ちをやらせた義経は監督指示を出したとの事であり、頑強な村人達もこれに加わった。

これが弓引きの始まりとも言われており、その後に正式な祭 として続けられています。

又、五反田(ごたんだ)地区の田畑の藁倉に火を放ち兵たち は暖を取りました。その時は、友清川から福谷の五反田橋辺りまで、100騎余りの馬 がジュウジュウとおいしそうに川の水を飲んでおり水を飲む音や馬の嘶(いなな)きが近くの民家まで聞こえたとも伝承されています。

よき研岩
(写真2)

尚、現在櫨谷神社では毎年3月の第2日曜日に「弓引き祭り」が神社境内で開催されています。「弓引き祭り」では福谷・友清の集落から選ばれた若者5人が白装束に身を固め、「五穀豊穣」「集落繁栄」「家内安全」を祈り、15メートル先の的に向かって一人2本の矢を放ちます。矢が的に的中すると太鼓が打ち鳴らされ、ひときわ大きな拍手が起こります。この祭りは義経伝説に習い、天保の飢饉の後に始められたとする伝統の行事となっています。矢が多く当たるほど吉とされています。(ヒヨドリの逆落とし北に義経・東に源範頼(のりより)・西に熊谷直実(なおざね))この義経伝説は、友清・寺谷の境の里道に弁慶の「よき研岩」(写真2)が現在もあります。


又、伊川谷の布施畑の神社にも義経伝説が残されており弓引きの行事が今も当地の氏子達により執り 行われているとの事です。ヒヨドリの逆落としまでのルートとしては十分に考えられます。勿論、北区の鷲尾と言う猟師が丹生山(丹生神社・・どんどダム)より義経道を下りこの地に案内したのです。

櫨谷神社説は福谷集落の長老数人より話を聞きまとめられました。

櫨谷にはもう1つ義経伝説を伝えている集落があります(播磨鑑)。

櫨谷神社より明石方面へ下った松本地区の「岡越えの松」と言われる所です。岡の屋形へ越す道にある大松の事です。源義経・源範頼の一行、西国下向の時山越えにここを通りたるゆえの名歌が刻まれています。
「わするなよ馴れし明石の岡の松身は知る人の数ならずとも」
岡の屋形は、源氏物語の明石の巻きに登場する明石入道の娘で「明石の君」の住まいであった屋形です。

 

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